篠田真由美お仕事日誌

Sherlock S4E2/感想その2

シャーロックファンとして知り合った若い友人が、ドラマの感想について面白い指摘をしていた。E2のジョンは、ハドソンさんの暴走で無理やりシャロと再会させられても、すでに彼の助手としての自分に意味を見出せなくなっているようだ、と。確かにふたりしてカルバートン・スミスの病院に出かけていったあたり、ジョンが書いてシャロの活躍を世間に知らしめたブログが「シャーロックのブログ」扱いされて、ジョンの存在があからさまに無視される、というシチュエーションがしつこく繰り返される。
これまでジョンは、自分のブログによってシャロのすごさが知られるようになったことに、大きな誇りと喜びを覚えているようだった。そしてシャロもぶつくさいいながら、実はジョンの存在を必要としていたし、一般常識については彼の判断を便りにしていた。S2では、賞賛を浴びながら世間との距離感をいまいち掴めていないシャロを、ジョンがサポートし、たしなめる(しばしば無視されるけど、その結果シャロは痛い目を見た)シーンがある。ところがS4のシャロは、病院の子供たちを実に上手に話術で楽しませていて、ジョンの出る場がない。そして、そのことにジョンは面白くない顔をしている。
私は、制作者の意図ではこれはギャグなんだと思う。メアリの死にまつわる八つ当たりの怒りから、シャロを見捨てる気だったジョンだが、ハドソンさんの機転で助手の位置に引き戻されてみると自分の居場所がない。腹立たしいジョン。ほらね、君だって元に戻りたかったんでしょ、という、笑いを期待したシナリオ。だがそれにしては、ジョンの表情はもっと険しい。自分の居場所がないことに不満なだけでなく、シャロという男自体に批判の目を向けるような顔をしている。
これはその友人の指摘なのだが、スミスが「女王がシリアルキラーだったら誰も手が出せない」というのに、シャロが「誰でもってことはない」といって笑うシーンがある。スミスは自分を誰も手を出せないシリアルキラーだと公言し、シャロはぼくならおまえを捕らえられると応ずる。それが裏の会話なわけで、それは見るものにも伝わる。だが、問題はこれを聞いているジョンの表情だ。ジョンはこのときまだ、スミスがシリアルキラーだというシャロの指摘を信じていない。彼がスミスの発言に嫌な顔をするのは、女王をシリアルキラーにたとえる不謹慎と、権力さえあれば殺人も安全に出来るという発言に対する倫理的な不快感からだろろう。こんなことを言うのは本当に殺人者ではないか、とジョンが考え出し、スミスを疑ってシャロの推理を支持し始めるならいいのだが、彼の表情はどうもそのようには読めない。
友人はここで、ジョンは「殺人を犯しても逮捕されない女王様とはシャロのことではないか」と考えているのではないか、といった。自分は「え?」と思ったのだが、再度考えるとこれありかも、という気がしてきた。理由1.S3E2でジョンがシャロを「ドラマ・クイーン」と呼ぶシーンがある。スミスだって男だし性の転倒は問題にならないらしい。理由2.シャロのマグ殺しをフォローしてないことにしたマイクロフトは、オフィスに女王陛下の肖像を飾り、まさしく「俺様=クイーン」である。理由3.レストレードとの会話でジョンは改めてシャロのマグ殺しを話題にし、シャロの暴力性の証のように語っている。ジョンの中ではいまやシャロ=名探偵以上に、=裁きを免れている殺人者、が大きくなっているようだ。というか、ノットイコール名探偵、=ジャンキーの殺人者、だ。
さて、しかしそれでいいのかというと、全然良くない。それではシャーロックというドラマが破綻してしまう。制作者の意図はたぶん、かつてアイリーンという危険な美女がふたりの間に入ってきたように、メアリという謎めいた女性がふたりを翻弄し、いままでにない危機に直面させるけれど、彼女の死という試練を乗り越えて、ふたりはより強い結びつきを獲得し、永遠のベイカーストリートボーイズに成長する、ああ感動の物語。本気でそう思って制作しているんだろう、というのが自分の読みだ。彼らも一応プロなんだから、エンタメのドラマを破壊してもいいことはない。だから、表層的に見ればそういう見方もできなくはないし、実際それで満足している視聴者はたくさんいると思う。
だが、感動物語のレベルとしては、S4はそんなに出来が良くない。E1ではシナリオに一貫したストーリーがなく、細切れのエピソードの希薄な繋がりが冗長さを感じさせたが、E2ではジョンの思考と行動の首尾一貫性のなさが興味を冷ます。それでもドラマが一応は破綻しないのは、俳優マーティンの演技力のたまものだが、それはドラマを当面の破滅から救っても、根本的な解決策とはならない。むしろマーティンのリアルすぎる演技は、ジョンのシャーロックに対する怒りや破壊衝動を現前化してしまう。
マーティンは「ほら、君もやっぱり名探偵の助手でいたかったんだろ?」という、笑いの対象にジョンがされることを受け入れられなかった。彼にとってのジョンはそんな男ではなかった。彼はアドレナリン・ジャンキーだが、その一方で倫理観の強い人間で、プロの殺人者であったメアリの過去を直視できない。だが、自分の子をはらんだ妻を切り捨てることもできない。シャーロックがメアリに撃たれながら彼女を庇ったこと、さらにメアリのためにマグヌッセンを殺したことは、もはや彼にとって決して「有り難いこと」ではないのだ。そのために彼はメアリと別れることができなくなったのだから。そのメアリが死ぬことで、彼はいよいよ彼女と決別する道を断たれた。シャーロックのおかげで、すべてシャーロックのおかげで。だから彼は胸に怒りをためて、それがついにシャーロックへの暴行という形で爆発したのではないか。人は自分の崇拝の対象に、幻滅させられることをなにより忌避する。目の前で醜態を晒すシャーロックの姿はジョンの怒りを掻き立て、過去の彼もくめて改めて全否定せずにはいられなくなった。どうも、E2の彼を見ているとそんな風にしか思えなくなってくる。
だが、これは制作者の意図したところではない。ほぼ確実に。ジョンはメアリを本気で愛していた。その愛は彼女の過去を知っても揺るがなかった。だから過去がメアリを追ってきたときも、必死で彼女を守ろうとした。けれど守り切れずに彼女は死んでしまい、ジョンは悲嘆に暮れてなにもする気が起きず、彼女の幻とだけ会話し続けた。シャーロックの友情を信じていた分、彼に八つ当たりするしかなかった。彼のシャーロックへのひどいセリフや暴力は、彼の甘えの反転だった。その自覚は無論彼の中にあり、自己嫌悪にがんじがらめにされて身動きできないジョン。しかしメアリのメッセージを読み、自分のサポート無しでシリアルキラーに立ち向かうシャロに気づき、彼を助けるために駆けつけて、改めて自分にはもうここしか居場所がないと痛感した。自分の愚かさ、醜悪さを認める浮気の告白には、口には出さなかったが、シャーロックへのすべての謝罪がこめられていた。シャーロックは慈母のごとき広さと深さですべてを理解し、ジョンの弱さも含めて彼のすべてを受け入れ赦した。ふたりは和解した。めでたしめでたし。そう見るのが正解なのだ、たぶん。
だが不合理で一貫性のないシナリオに命を吹き込むべく、演技をこらしたマーティンの健闘の結果、個々のシーンには命が吹き込まれ、それゆえに過剰なリアリティを獲得して物語は空中分解する。後に残ったのは人間性を獲得した名探偵と、復帰した忠実な助手という枠組みを丁寧になぞってみせた、かつてのドラマの形骸である。それがE3.
ああ、我ながら身も蓋もないね。だけどジョンという人物のエピソードごとのずれは、このドラマを活性化しつつも次第に矛盾として積み重なり、最終的にはそれが解決しきれないところまで高まってしまったのを、ようやく最後はお約束事で閉めた、というのが自分の印象だ。
まあ、これが正解だなどと主張するつもりはない。すべては勝手な深読みである。自分はここに来ていささかげんなりした。どうともしやがれ気分になった。批判の目をつぶれ。深読みの衝動を抑えろ。我をして再び素直な視聴者に復帰させしめよ。そうすれば初心に返って、「ピンク」のラストで覚えた心躍りが戻ってくるかも、しれない・・・

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