篠田真由美お仕事日誌

2017.05.15

 昨日の夕方近くは少し空が明るくなり、薄日も射したので、今日は晴れるんじゃないの、などと思っていたところが、今日も昨日とほとんど同じような灰色の曇り空で肌寒い。おまけに昨日までの疲れが露骨にたまってる。もしも篠田が心霊系のビリーバーだったら、「悪いものが背中に憑いてる」とでもいいたくなるところ。

 午後になってようやく、カドカワの原稿に手をつける。しばらく間が空いてしまったので、前のところを読み返して書き直し書き足しをするところから。

 読書は図書館で借りてきたスティーブン・キングの『IT』の下巻に入ったところ。シンプルなプロットと微細なディテールの大量集積、というのがキングのおなじみの手法という感じだが、これがまさしくそれ。二十数年の時を隔てて惨劇が繰り返されるアメリカの田舎町で、その原因と思われるピエロの顔をした悪霊と、かつて12歳の子供たちが戦って勝利した、らしい。いま再び起こり出した惨劇に、昔のメンバーの中でひとりだけ街に残った男が、皆を呼び集めた。子供たちの過去と現在が交互に語られ、しかも大人になった彼らは過去の事件を半分忘れてしまっているために、どうやって悪霊に勝利したかわからないままだ、というのが構成の上手いところ。そこへ過去のいじめっ子が医療刑務所を脱走してくる。メンバー唯一の女性の異常な暴力亭主も追いかけてくる。夫を案ずる妻もやってくる。
 とまあ、なかなか大盛りなクライマックスに向けて、スーパーナチュラルな恐怖もリアルな恐怖も全部のせ、という感じでストーリーは進行中。

2017.05.14

 飯能ものづくりフェアの最終日、辛うじて雨は止んだが空には黒雲が停滞したまま、という、天候的にはあまり冴えない状況だったが、やはり回数を重ねてそれなりに定着し、毎年やってくる人が増えたからだろう。その分、今日の人出はかなり多かった。そして、例年だと日曜日は客は多くても売れない、買う気の人は日曜には来ないという印象だったのだが、たぶん買う気のお客様も土曜日をパスした結果か、風来舎はわりかし売れました。というわけで、お店屋さん手伝いは終了。
 篠田は、しかし今回は大物を購入してしまった。前の年からちょっと好みだわンという焼き物を出している工房のスペースがあり、昨年はぐっとこらえたのだが、今年は1万円もする大皿にがつんとやられてしまい、なんでこれがそんなに好きなんだろうかと思ったら、皿の縁に描かれたラインの唐草風紋様が、ますむらひろし画伯描くところのヒデヨシっぽいのです。ツレにそういったら「唐草だからだろ」と軽く流されたので、フェア出展者でガラスをやっているK嬢に「アタゴオルっぽさが匂う焼き物があるんだけど」と声をかけると、「えっ、見たい見たい」というので連れ立って行く。K嬢もますむらファンなのであります。
 そして彼女も「うん、確かにアタゴオルだ!」と強く同意してくれ、制作者の風貌もどことなくヒデヨシっぽいような(いやいやいや、もっと男前です。ちょっと南方系、沖縄の海で潜ってそうなタイプの濃いめのご容貌)気がするもので、えいやっと財布を開いてしまう。ああ、ここんとこ全然まともに仕事してないっちゅーのに、こんな散財をしてしまったと思わないでもなかったが、ヒデヨシの陽性パワーをいただいて、がんばって原稿描くのだ、と思い直したのだった。

http://www12.plala.or.jp/ueyama/syouhinnjyouhou.htm

 アタゴオル皿はここの図像には載っておりません。このタイプはこれ1枚だった。そのうち格好良く料理を盛って写真を撮るぞ。

2017.05.13

 毎年「ものづくりフェア」は好天に恵まれていたのだけれど、今朝は朝から雨が降っている。どうも今日は一日雨らしい。おかげでなんとなく意気が上がらない。気分もダウン気味。うつと気温、気圧の変化は連動していると聞くけれど、これがそれなんだろうか。やれやれ。
さすがにこう雨だと、客がそもそも少ないし、みんななんとなくテントの前を通り過ぎていくだけ、という感じになる。アルバイトの人が来たので、交代して、夕方片付けのときにまた行くということで今日は撤退。明日は知り合いが来るから、その気で待っている予定。しかし雨の降り方が、思った以上に強いなあ。

 昨日貼り付けた「ジョン・ワトソンの告白」に、少し手直しと書き足しをする。一応ドラマの展開からは離反しない範囲での、深読みと補完というのが眼目だけれど、ドラマはまだ見られていないで、翻訳と映像を貼ってくれている方のブログでチェックしてのことだから、的外れな点が絶対にないとはいえない。しかし、それは自分が見ているS1から3までの展開を含めてのことなので、根本的に書き換えるようなことはあり得ないと思う。
 ジョンの性格については、実はS1E1を見直したときから、いろいろ気になるところはあったのだった。だって彼が発砲した時、シャーロックは自分で錠剤を飲もうとしていたんで、キャビーに無理矢理飲まされそうになっていたわけではないんだから。止めなければならないのは、死に魅せられ、自分の推理の正しさを証明するために錠剤を口にしようとしたシャーロックの方だ。
 もちろん、ふたりの会話も聞かずに、窓越しにその様子を見たジョンには、なにが起きているかはっきりとはわからなかったろう。わからないがヤバイとは思った。それにシャーロックを連れて行ったのが、連続殺人の犯人なのはまず疑えないとも考えていた。そこまではいいんだけど、問答無用の射殺というのは、いくらなんでも乱暴だよね。殺す気で殺したなら。だが殺さないつもりが殺してしまったなら、銃の腕に疑問符が付いてしまう。つまりそういう意味では、この銃撃と対になっているのはシャーロック→マグヌッセンだけでなく、メアリ→シャーロックでもある、と。シャーロックはマグヌッセンを殺す気で殺したけど、メアリはシャーロックを殺そうと思って殺せなかった、というのが篠田の解釈なので、ジョンがキャビーを殺す気はないまま仕留めたのだとすると、こちらの方がきれいな対称図形になっている。そして、ジョンがメアリを赦して受け入れることの、心理的な伏線にもなっている。彼にはメアリの過去を責める資格はない、ということだ。
 自分は、ドラマとしてSE3は大きな曲がり角だと思うし、そこから先の展開には疑問符をつけたいが、少なくともそこまでは破綻はしていない、とはいえるんだよね。ただこのアクロバットの後で、どんどん話が不可逆的におかしくなっていった感はどうしても拭えない。しかし、これ以上の言及はやはり、ネタバレ回避組に配慮して、7月の放映の後に回すべきだと思う。

2017.05.12

 今日はツレのイベントの手伝いで、朝から公園にいたけど、お昼を食べて帰ってきた。今日は風もあり、まずまずの晴れで、日向は暑い。しかし明日は一日弱い雨で、明後日は曇りだそうだ。いままで天候に恵まれ続けたイベントだったけど、ついにそのジンクスが破れるか、という感じ。
 明日と明後日はアルバイトの売り子さんを頼んであるので、篠田はそれほど行く必要が無い。ただし、日曜には友人がふたり別々に来る予定になっているので、やはり朝から詰めていないわけにはいかない。土曜日には誰か来るか来ないか。来るという連絡は届いていないので、雨でもあるし、そのへんは状況次第で考えよう。

 原因不明でネットとの接続が落ちている、というのはなんとも落ち着かない気分のもので、いつか自分も依存症になっているのではないか、と少し心配になる。どうせ、そんな切羽詰まった連絡なんて、めったにあるものじゃないとわかっているのに、出来ないことばかりが気に掛かるというのも、まさしく依存症ではないか。それがないと耐えられない、という状態は嫌なんだけどね。

 昨日もちょっとぶちぶち書いてしまったけど、SherlockのS4E2の終わり方がほんと、もやもやしてしまうのだよ。話の展開としては、離反していたふたりが和解してやれやれ、というところ、そこに新たな重大事件が、というミステリらしい終わり方で、じゃあいいだろうって、それがそうとはいえない。シャーロックの無精髭には目をつぶるとしてもだね、なんでこう、ヘテロセクシュアルこそ素晴らしい、みたいな流れになるわけ?
 いや、ジョンがそういうことをいうのはいいんだよ。篠田的にはジョンはがちのヘテロで、明日世界が終わるとしてもゲイにはなりません。いくらシャーロックと親密になっても、ふたりはくっつかないと思います。BLの世界では、それまでヘテロだと自認していたキャラが忽然と同性に対する性愛に目覚めたりすることはいくらでもありますけど、それはファンタジーだと思ってます。
 だけどさ、S4E2のラストは、なんだかゲイ・ヘイトのように見えてしまうんだよ。ヘイトというのが言い過ぎだとしても、ヘテロセクシュアルの方が素晴らしくて、女性と付き合わないシャーロックはやはりまだ成長し切れていないんだと、いわんばかりのシナリオだとしか思えない。
 メアリの件とか、深読みしてシナリオの補完をすれば、大丈夫かなと思ってやったみた。調子に乗ってジョンの方も書いてみた。こっちは「違う」と思う人がかなりいそうな気がするから、黙ってブログに貼っておく。しかしこの件はね、なんともね、ダメだわ。いよいよ自分も「さらばSherlock」といわなきゃならないのかなあ。

ジョン・ワトソンの告白/ネタバレ注意

BBCドラマSherlock S4E1.2のネタバレを含みます。


 いいさ、まず認めてしまうよ。ぼくは最低な男だった。夫として、自分の赤ん坊の父として最低で、世界唯一の諮問探偵の助手としても、失格もいいところのやつだった。この程度のいい方では追いつかないくらいのね。なにせワイフに死なれるまで、いや違う、死なれてからもそのことがわからないくらいの、大馬鹿者だったんだから。

 さあ、どこから話し出せばいいんだろう。ぼくはアフガニスタンで地獄の埃を舐めて、どん底状態のままロンドンに戻ってきて、クレイジィなシャーロックと出会った。彼はぼくを都会の戦場に連れ出し、そのことによってぼくは救われた。
 それだけでなく、いくらかは彼の助けになれたと信じたい。しかしぼくはそのシャーロックを失った。そうして、彼無しでもう一度自分のばらばらになった人生を立て直さなくてはならなかった。そこに、メアリ・モースタンが現れた。ぼくは彼女に惹かれた。シャーロックが消えて以来初めて心が動き出し、彼女にプロポーズすることに決めた。そうすることでようやく、シャーロックを失って崩壊していた人生をやり直せる、新しいステップに進めると信じて。
 ところが、最低最悪の瞬間にやつは戻ってきて、ぼくの人生の設計図を再びぶっ飛ばしてくれた。そのときのシャーロックのふざけたやり口とか、馬鹿馬鹿しい言いぐさとか、そういうのはもう繰り返すのは止そう。とにかくぼくは当然のこととして腹を立て、絶対にこいつを許すまい、二度と自分の人生に踏みこませまいと心に決め、しかしそれは上手くいかなかった。ぼくは失敗した。彼を再び受け入れてしまった。だが、それは仕方がないじゃないか。あの、腹が立つソシオパス野郎は、それでも世界一頭が良くて、おまけにどうことばを尽くしても足りないくらい魅力的な男なんだ。ぼくがゲイであったら、なんとかものにしたいと思ってきっと痛い目を見ただろう。いやほんとに、その点に関してだけでもヘテロで良かったと思ったよ。
 まあとにかく、ぼくは彼を排除することを諦め、その代わり前とは違った形で受け入れようと考えた。つまり、ぼくとメアリは計画通り結婚する。それならあいつにベストマンをやってもらおう。それこそとんだ大惨事、大ひんしゅくの結婚式になるかも知れないが、それも一興だし、ぼくなんかの結婚式にはふさわしそうだし、それにメアリが妙にシャーロックを気に入っているらしいこともあった。これはぼくにとっては嬉しい誤算だった。戸惑いながらも、もしかしたらスムースに新しい生活に移行できるかな、という気がしてきた。メアリは愛する妻、シャーロックは親友。そんな具合に。
 シャーロックの当日のスピーチは素晴らしかった。あいつがあんなにも人間味のあることばを口にする日が来るとは、予想もしていなかった。嬉しくなかったとはいわない。いや、とても嬉しかった。でも内心、ぼくは彼の変化に少し戸惑っていたと思う。「三人では踊れないよ」と当たり前のつもりでいったことばを、その晩メアリから「冷たくない?」と咎められて、「あいつはぼくらになつきすぎだよ」といったのも、その急激な変化に対する心の抵抗の表れだったんだろう。
 ぼくは、自分自身の変化の方に気を取られていて、シャーロックを注意して見ることなんかしなかった。自分が変わらなけりゃと思っている時は、他の人間が変わるのはあまり嬉しくない。落ち着かない気分になるからね。つまり、それくらいぼくはエゴイストだった。自分がシャーロックになにか変化を及ぼすなんてあり得ないと決めつけたのは、実はそうであって欲しかったからだ。どうだい、本当に最低だろう。
 お隣のホイットニー夫人の息子を探してドラッグ中毒の巣窟に足を踏み入れたとき、ぼくは変に高揚していた。そんな自分の感情が、たった1.2ヶ月で刺激に飢えていたせいだとは思わなかったけど。そしてシャーロックがそこにいるのを見つけて、ああ、くそっ、さすがにこいつはいいづらいな、ぼくは、少し嬉しかったと思う。つまり「こいつはやっぱり、ぼくがいなけりゃだめじゃないか」と感じたってことだ。恥ずかしいけど本当さ。だからいったろう、最低だって。
 だけど、シャーロックはぼくを驚かせ続けた。寝室のジャニーンだ。あのときのぼくが年上の友人にふさわしく、喜んで肩を叩いてやらなかったのは変じゃないか、という意見を耳にしたけど、あのこれみよがしのいちゃつきぶりを前にして、これを本気でまっとうな恋愛なんだろうかどうだろうかと、思い迷って目を疑っていたぼくは別に変ではないと思うよ。その前がジャンキー・シャーロックで、その次が凶暴な兄弟げんかシャーロック、その後にいきなりあれなんだ。「なんだいそれは」といいたくなっても不思議じゃないだろう。でもその後、彼の恋愛ぶりがマグヌッセンのオフィスに侵入するための作戦にすぎなかったと知らされて、ぼくはやっぱりホッとした。恋をするシャーロックや、ぼくをほめたたえるスピーチをするシャーロックより、恋を「ヒューマンエラーだ」と言い切るシャーロックの方が、ぼくには彼らしく思えた。自分がメアリという伴侶を得て、変わっていこうとしているのに、シャーロックには変わってほしくないと思い続けた。そうだ。それがぼくだった。最低のね。

 さあ、それからいよいよ思い出すのが辛い話になる。シャーロックを撃って瀕死の重傷を負わせたのは他ならぬメアリだった。彼女は引退したプロの暗殺者だった。それを知らされてぼくはア然とした。彼女になにか秘密があることは百も承知で、しかし彼女がそれを口にしたくないなら無理に聞くまいと、それだけは思い決めていたから、騙されたと腹を立てたつもりはない。だが、彼女がシャーロックを射殺しようとしたのは、自分の秘密が彼の口から明らかにされることを嫌ったからだ。自分を守るためなら平気で人を殺す。それが彼女の価値観だ。そういう女性を愛せるかと聞かれたら、「まさか」と答えるしかないだろう。とんでもない。それは現代の文明人というより、弱肉強食の野獣の性だ。
 だがシャーロックは彼女を責めるのではなく、そういう女を妻に選んだのは君だ、そういう女だからこそ選んだのだという。その意味ではぼくたち三人は同類だと。それは一種の詭弁だ。おまけに、メアリは自分を死なせず、ただ一時的に無力化することで、自分の命を救ったのだ、とまで。これもまた詭弁としかいいようがない。だが、なぜ彼はそんなことをいうのか。そのことばに耳を貸している内に、ぼくの怒りは行き場所を失った。
 確かにぼくの中には、平和な家庭人であるより探偵の助手であることに惹かれる性質がある。死なすか死なさないかという問題なら、ぼくはあのタクシードライバーを射殺する必要はあったのか。慎重に狙いを定めて、腕なり足なりを狙うことは本当に不可能だったのか。ふたりの注意をそらせるためだけなら、弾が当たらなくても銃声と銃撃のショックだけであの場を救うことは可能だったのではないか。なのに、ぼくは迷わず撃った。殺した。その後、シャーロックと笑いながら飲茶を食べた。
 ぼくにメアリを責める資格はあるのか。そして彼女の体内にはぼくたちの子供がいる。ぼくはその子供に対して責任がある。しいてはメアリの身の安全に責任がある。彼女を家から放り出すことはできない。子供にはなんの罪もないのだから。それに、たぶんぼくはまだメアリを愛している。
 だからぼくはメアリを受け入れることにした。過去は問わない。一緒に子供を育てることで、ぼくたちは家族であれる。ぼくは、自分の生まれた家を好きではない。ぼくと妹は家庭の幸せを知っているとはいえない。だからこそ、自分の子供には決して辛い目を味わわせたくはなかった。それはメアリも同じらしかった。
 しかし、シャーロックがマグヌッセンを射殺するとは思わなかった。それはあまりにも彼らしくなかった。マイクロフトがマグヌッセンと一定のパイプを持っているらしい以上は、彼を通じてメアリの安全を確保することは不可能ではないと思っていたので、あの展開には呆然としてしまった。もっとも、マイクロフトがメアリのためにそんなことをしてくれるかは危ないものだったし、英国政府にとっての重要度となったら、とても比べものにはなるまい。ただシャーロックになにか秘策があるらしく思えたので、ぼくはひたすらそれを待っていたのだ。ほら、ここでもぼくの最低ぶりが露わになる。

 あの後のシャーロックの離陸と、早すぎる帰国のこと。もしかしたら彼は戻らないかも知れないと、ぼくだって考えなかったわけじゃない。胸の中にこみ上げた不安をぼくは繰り返し押し殺し踏み消しながら、別れの時間を過ごした。「きっと帰ってくる」「帰らないかも知れない」「死んでいると思ったのに戻ってきたんだ」「今度は違う」「違わないさ。彼はヒーローだもの」……どちらかが勝ちを占める前に飛行機は飛び上がった。それが引き返してくる時、ぼくは笑った。「ほら、やっぱり」と。最低だね。
 聞き飽きたかも知れないけど、この先ますますぼくは最低になるよ。子供が生まれると、理想の家庭、幸せな家庭というのは簡単な話でないと理解し始めた。赤ん坊は夜中もかまわずに泣きわめく。ぼくらは疲れ果てる。愛も思いやりも干上がりそうになる。その中での最高の息抜きはシャーロックとの犯罪捜査だ。ところがあいつはぼくだけでなくメアリも呼ぶ。赤ん坊を抱えての三人の捜査行。おいおい、なんだこれは。新手のミステリ・ドラマか? でも、シャーロック・ホームズとドクター・ワトソンの冒険とはいいにくいな。なにか別のものだ。アメリカ人が喜びそうな、ポリティカル・コレクトネスに満ちあふれたドメスティックな探偵ものだ。シャーロックのやつ、なんだってそうメアリが好きなんだ。これじゃぼくの立場がないぞ。
 そんなときに、ぼくはあの女性と会った。ささやかなメールのやりとり。キスの代わりのバッテンマーク。ジュニア・スクールの子供同士のような、他愛のない行き来。でも、ぼくはそれをメアリから隠した。こそこそと、彼女が離れたすきに携帯を操作して、それが後ろめたくも楽しい、ささやかな息抜きになった。
 それから、メアリの突然の失踪。逃避行と追跡。モロッコでの再会。そしてロンドンへの帰還。ぼくは本当のところ、メアリを連れて帰るのには不賛成だった。彼女の昔の仲間、復讐者となったエージェイと直面したことがぼくの心臓を凍らせた。彼は本物の暗殺者、野獣だった。ぼくなどは、彼に比べればただのガキだ。エージェイは死んだが、メアリの後ろにはまだこんな存在が隠れているのかも知れない。危険はメアリの後をついてくる。シャーロックが彼女を守るという、そのことばはどこまで信頼に値するのか。
 そしてメアリは死んだ。殺された。MI6内の裏切り者に。ぼくはその瞬間にわずかに遅れたが、メアリはシャーロックに向けて発射された銃の前に飛び出して、その弾を身に受けた。身代わりになったのだ。シャーロックを撃ったことを彼女はずっと、彼への負債として背負っていて、いまそこでその借りを返したのだとはわかった。わかったけれど、ぼくはシャーロックを憎んだ。他に出来ることはなかった。
 おまえがメアリを殺した。ぼくの妻を、ぼくの赤子の母親を、かけがえのない伴侶を。ぼくの最低の嘘。離れかけていた気持ちを糊塗するために、死者に向かって叫ぶ愛。その愛の印として彼を憎んで、憎んで、憎み続けて、だが、それはなんになったのだろう。その憎しみが正当とはいえない、八つ当たりだということを、ぼくはとっくに気づいていた。それでもぼくは憎むことを止められなかった。シャーロックへの怒りと憎悪は、メアリのところまで繋がっていたから。ここでこの憎悪を手放してしまったら、それはぼくがメアリを裏切った証拠になってしまうと、いつかそう考えずにはいられなかったから。
 憎しみの底でメアリと会話し続けた。それは無論、ぼくが生んだ幻のメアリだ。生きていた現実のメアリより、ずっとやさしく穏やかで慈母のようなメアリだ。ぼくをいさめ、シャーロックと和解するようにとうながし続けるメアリに、ぼくはだだっ子のようにかぶりを振り続ける。つまりぼくはぼくの中の、シャーロックを赦したい気持ちをメアリに押しつけて、自分から切り離して拒否し続けていたのだ。生前の彼女を心で裏切っていたぼくには、それが唯一可能な贖罪だったから。

 だけどシャーロックはぼくを待っていた。自分をシリアル・キラーの獲物として差し出しながら、その瞬間にぼくが駆けつけてくれるだろうと信じていた。いや、信じてはいなかったかもしれない。それは彼の賭けだったのかもしれない。冷静に確率を割り出して、五分五分よりは分が悪いと思いながら、敢えてその道を選んだのではないか。もしもぼくが腰を上げなければ、彼はカルヴァートン・スミスに殺されてしまっただろう。
 それでもいいと考えていたのだとしたら、それはあまりにも恐ろしすぎる。もしもそんなことになって、君までが死んでしまったなら、ぼくが君を殺したようなことになったら、止めてくれよ、シャーロック。ぼくは二度と立ち上がれなくなったじゃないか。いくらぼくが最低な男だとしても、その罰にしても厳しすぎるじゃないか。
 どうか止めてくれ、シャーロック。もっと自分を大切にしてくれ。たとえ作戦のためでも、自分の身体を痛めつけるのは止めてくれ。心を切り刻むのはよしてくれ。君は生身の人間じゃないか。切れば血の出る身体と、苦しみ涙を流すハートを持っているんじゃないか。
 ぼくは、君がぼくに望んでいることをすっかりわかっているわけじゃない。そしてもしもそこに、君の推理を的外れなたわごとで刺激する探偵仕事の手助けと、へたくそな文章でつづる記録ブログ以外のこと、もっとフィジカルな接触が含まれているなんてことが、もしもあるんだとしても、それに応えるのは難しい。ぼくはがちがちのヘテロで、どうひっくり返っても、同性と粘膜的な交歓を楽しめる人間じゃない。
 でも、ぼくは君が好きだ。君が必要だ。君がぼくを必要としてくれるなら、とても嬉しい。だからぼくは、ぼくと、こういってしまっても彼女が怒らなければだけど、メアリは、この先もずっと君の声の聞こえるところにいるよ。そして君から「来い」といわれれば急いで飛んでいくよ。だから、そのときはぼくをまた君の助手にしてくれ。最低の、使えない、サンドバッグ代わりでいいから、君の隣を走らせてくれ。それがぼくの希望だ。その希望さえあれば、ぼくはこれからも生きていける。
 いつかロージィに、すてきなママのメアリの話をしてあげよう。そのときは君もそばにいて、ぼくの話に相づちを打ってくれなきゃダメだ。ぼくたちはふたりともメアリが好きだった。でも彼女は死んでしまって、ぼくたちは生きている。彼女の記憶を胸に、これからも生きていく。君とぼく、名探偵シャーロック・ホームズと、彼の業績を記録するブロガー、ドクター・ジョン・ワトソンだ。

2017.05.11

 昨日は友人とひばりヶ丘の団地の中にあるカフェで、あの名作絵本「ぐりとぐら」に登場する、丸いお鍋で焼いたカステラをそっくり再現したカステラ・パンケーキを出すという、そこへやっこらさと行ってみたのだった。やたらと団地の多い街で、その中に昔のアパートをリノベーションしたのかなあ、鉄筋コンクリートらしいんだけど2階建てなんだよなあ、というちょっと不思議な建物の中にそのカフェはあった。
 分厚い鋳鉄のスキレットに、ふっくらと半円に盛り上がったきつね色のカステラが焼けていて、十字の切れ目の上に大きなバターが一切れ。友人と分け合って食べたが、わりと美味しいけど飽きる味というか、軽いようでいてけっこう腹にたまったのは、そうとう砂糖が入っているとみたね。
 帰りは昨日行きはぐった医者2件をやっつけ、降圧剤と眼圧低下剤をもらってくる。前者はジェネリックがあるよと保険組合から連絡が来て、それに変えてもらったら2月分で1000円くらい安くなった。でも、ジェネリックは置いてない薬局もあり。同じ成分なら安い方がいいじゃんね。

 今朝は仕事場に来たらいきなりネットが繋がらなくて、サポートに電話したらコンセントを抜き差ししろとかいろいろいわれて、全然直らなくて、ノーパソもwi-fiもつながらなくて、ルーターがいかれたのかしらと思ってパニクッてしまい、またサポートに電話したら全然繋がらず、いよいよひええ〜だったが、やっとサポートが出たと思ったら、いうなれば「停電」みたいな、プロバイダとも関係ない外の故障で、まだ原因がわからないということだが、なにかわかったらご連絡しますといっていたが、案の定、昼過ぎにパソコンを立ち上げたら直っていて、電話は来なかった。前もそうだったよ。

 シャーロックのS4のスクリプトを翻訳してくれているブログがあって、それをずっと読んでいたのだが、ようやくE2がラストまで来た。シャーロックとジョンが和解して、やれやれよかったといいたいところだが、よかったとはいいにくいというところがいろいろありまして、というか制作者なに考えてるの? 視聴者の予測を外すのはいいけど、なんか失望させるたぐいのちゃぶ台返しに突っ走ってないかい、というところがあまりに多いのだった。
 この前からこのブログで、円環とリネア、輝ける黄金の現在にとどまる物語と、行きて帰らぬ成長の旅路の物語、というふたつの概念をもちだして、それに少年マンガと少女マンガを対比させたり、正典ホームズ物語とBBCシャーロックを比較してみたり、ということをしていたのだが、21世紀のシャーロックは成長する、とは制作者が前から明言していた。正典のホームズは基本的に完成された性格と能力の持ち主で、そこから変化することは想定されていないけど、今回のシャーロックはまだ青い、未熟な部分のある人物だから、そこから変わっていく、ということで、それは面白いね、と思っていたのだが。
 さて、人間にとって成長とはなんだろう。一口に答えを出すのは難しい問題だけど、自分はS4のシャーロックの変化をあまり喜べない視聴者であるらしいよ。傍若無人なソシオパス、でも事件解明にはすばらしく敏腕で、連続殺人に「クリスマスだ」と飛び上がって喜んじゃう彼は、ドラマの主人公としてとても魅力的だった。でも、ジョンに責められてうちひしがれて、殺人者を騙すためとととながらドラッグに溺れてぼろぼろになって、汚い無精髭を剃りもせず、顔も洗ってないみたいで、そこにディアストーカーをかぶった彼は、へんてこな自分自身の戯画、へたくそな道化みたいだ。おまけに、あの女とメールのやりとりをしてる? 勘弁して欲しい。うん、今回のラストは、篠田的にはE1よりもへこんだね。

2017.05.10

 今日は雨で気温も低め。でも明日はまたがつんと暑くなるらしい。今日は友人とお昼に会ってくるので、その後に時間があれば昨日行きはぐった医者を済ませたいんだけど、果たしてそう上手くいくかどうかはわからない。高血圧とか、眼圧とか、ほとんど自覚がないのに薬をもらわないとならないのって、本当に面倒くさい。仕事も進めたいのに時間が取れないし。
 そんなこといいながら、数独に時間を使ったり、シャーロックのパスティーシュを書いたりしてるんだから、えらそうな顔はできないよね。数独はずっと激辛を買っているけど、105問の内半分ちょっとできればいい方。後になるほど難しくなって、それも巻が進むほど難しさが増しているみたい。しかし今回はなぜか100番台でも解けた問題があったりして、ちょっとばかり悦に入っている。といっても、前の方でもできない問題はあって、この難易度表記はあんまり実感にあってない気がする。
 シャーロックのパスティーシュは、改行を増やして少しだけことばを足しました。

2017.05.09

 医者に行ったら眼科は火曜日は午後からだったのを忘れていて、1時間も待つのは馬鹿馬鹿しいし、というので、突然千葉まで、千葉市美術館の「絵本はここから始まった ウォルター・クレインの本の仕事」展を見に行ってしまった。ああ遠かった。でもなるほど、この後期ヴィクトリア朝時代のイラストレータの仕事は、その辺の資料を読んでいれば自然目には入っていたのだけれど、こうまでまとめて見られるとは、でありました。

 なにやら久しぶりに二次創作的な頭が湧いてきて、「メアリ・ワトソンの告白」なるタイトルで、A4に4枚も書き殴ったものを、このブログに貼り付けました。自分にしてもS3E3からのメアリ含みの展開に納得が行かず、頭をひねっていたのだが、制作者の手際を責めるのはともかく、キャラの整合性という点で補完することはできないかしらん、というわけであります。ま、作品と云えるようなものではなく、ただ単に「吐き出した」ようなものです。S4は情報をもらっているだけで、作品自体は見ていないので、見たら訂正したくなるかもしれないけど、話の力点はメアリの意外な正体と彼女のS3E3での行動の解釈が主なので、そんなに直す必要は無いかな、とも思っております。
 情報をいただいたサイトの方には、お名前を上げて謝意を示したい気持ちもあるのですが、かえってご迷惑になってはまずいので、取り敢えず見合わせておきます。

メアリ・ワトソンの告白 ネタバレ注意

BBCドラマSherlock S4E1.2のネタバレを含みます。


 私の名前はメアリ・モースタン。本名ではないけれど別にかまわないわね。それに、どうせ私はもう死んでいるんだし。ええ、大丈夫よ。ちゃんと死んでいる。生き返ったりしないから安心して。でもいまになって少しだけ、私自身のことを説明しておきたくなったの。どうか、読みたい人だけ読んでちょうだい。
 私の前歴については、これ以上事細かに説明するつもりはないし、言い訳もしないわ。自分の死に方についても、そうね、あんなものだと納得しているから、誰を恨むつもりもないの。報いが来たんだと、笑いたい人はどうぞ笑って。でも私のせいでジョンを責めることはしないで欲しいの。そんなために死んだわけじゃないんだから。

 少しさかのぼって話すとするわね。グルジアで私たちのグループが崩壊して、私ひとりが生き延びた(その時はそう思った)後、自分の仕事にうんざりした私は生き方を変えたいと思った。そして、マイクロフトと交渉したの。イギリスに私の居場所を与えてくれって。彼にはそれをするだけの力があるし、私にはそれを要求する権利があると考えた。グルジアのミッションがあんな結果に終わった理由が、故意の陰謀だったとまでは考えなかったけど、イギリス側に情報漏洩の責任があることは疑えなかったから。マイクロフトもそう思ったから、私の要求を受け入れたんだと思う。でもそれには条件が付いていた。私が前歴を隠してジョン・ワトソンに接近し、彼を監視してマイクロフトに報告する、という任務が。
 マイクロフトは、かけがえのないパートナーだったシャーロック・ホームズを失ったことで、ジョンが精神的な危機を抱えているといった。それに彼はシャーロックと事件に関わることで、とても多くの機密と接触している。それが彼の口から漏れる恐れもある。君の任務は監視だけだ。そしてジョンは少なくとも現在は一般人だ。だから君の任務はこれまでのような危険をともなわない、普通の生活をしたいという君の希望にも沿ったものになるだろう。あの男は、シャーロックが生きていることを私にも匂わせもしなかったのよ。でも私は彼の要請を受け入れた。他に選択肢はなかった。当然でしょう。

 最初ジョンに会ったときから、彼に惹かれたわけではまったくないわ。彼は私の好みではなかった。なんていうか、とても普通の男だったし、タフなようにも見えなかったし、おまけにシャーロックを失った痛手の中で、半分沈没船のような毎日を送っていたんですもの。うちひしがれた男性にセクシィさを感じたり、庇護意欲を掻き立てられたりする女性もいるでしょうけど、私はそういうタイプじゃなかった。でも、なんていうかしら、だんだん彼という人を知って行くにつれて、私の気持ちも変わっていったのね。
 彼は、最初思ったほど普通じゃなかった。でも、私のようなおよそ普通でない生活をしてきた女には、十分普通だった。普通すぎないところがかえって良かった。変な表現だわね。でも、意味はわかってもらえるかしら。彼は私の秘密主義、前歴の不明なところや、孤児といっても教育をどこで受けたのかとか、そういうことをなにひとつ明かさなくても、ちっとも気にかけなかった。それだけでも、普通の男性とは違うわよね。
 優しいのに驚くほど肝が据わっていて、短気なくせに辛抱強くて、力を振り回して人にいうことを聞かせようなんてちっとも考えないのに、自分がこうと決めたことは一歩も譲らない。矛盾の塊よ。なんておかしな人なんだろう。そう思って面白がっているうちに、どんどん彼のことが好きになって、気がついたら「この人と一緒に生きていきたい」って本気で考えるようになっていた。
 彼も私に対して、気持ちが傾いてくるのがはっきり感じられたわ。女の嗅覚ね。聞こえの悪い表現だと承知で敢えて言うけど、釣り針に魚がかかりそうになって、浮きがひくひく動いているような気分。そりゃあ楽しいわ。でも、それでもまだ信じられなかったんだけど。私が普通に男の人と結婚して、普通に家庭を持てるなんて。
 ジョンがプロポーズをしてくれたのが、まさかシャーロックの帰還したあの夜だったなんて、ひどいドタバタのコメディだったけど、私はなにが起きているか気づいた瞬間、これはきっと上手くいかないだろうって思うのと同時に、どうしてもジョンと結婚したいって考えていたわ。上手くいかないだろうというのは、絶対マイクロフトが邪魔をするだろうと考えたからよ。彼は弟が生きていて、いつか戻ってくるのを知っていた。だから私のような女をジョンのそばに置いた。ジョンはシャーロックが戻ってくれば、私を置いてそちらに戻るに決まっている。だから安心していたんだと。本当にひどい男。あの男の思い通りにはなってやるものか。その鼻を明かすためだけにでも、私はジョンとの関係を守り抜いてみせると決めた。

 マイクロフトからなんの妨害もないまま結婚が決まったときには、望みが叶ったのに内心とても不安だったわ。なにか間違っているんじゃないか、という気持ちがずっとあった。でも、ジョンはそんなこと少しも考えない。そして、もしかしたらマイクロフトはシャーロックが私たちの結婚を阻止しようと動くと考えていたのかも知れないけど、それもなかった。それどころかシャーロックは、なんだかけなげな弟みたいにジョンと私に尽くしてくれる。彼にベストマンを頼むとジョンが言ったとき、きっと断るだろうと思ったのに、それがとんでもない。そしてあの一生懸命のスピーチ。シャーロックがあんな子だったなんて、私思わなかった。それはもしかしたら、マイクロフトも同じだったんじゃないかしら。
 ああ、ジョン。私のこともシャーロックのことも、自分のことさえなにも気がつかないジョン。呑気な人。普通な人。健全な人。でも、私たち同様深いところで病んでいる人。私たちは結婚した。そして私の身体には赤ちゃんがいる。私はこの赤ちゃんと自分とあなたを守らなくてはならない。ジャニーンと友達になったのはもちろん、彼女の雇い主のマグヌッセンのことがあったからよ。マイクロフトとマグヌッセンには繋がりがある。もしかしたら、マイクロフトがマグヌッセンの脅迫から守ってくれるかも知れないと思った。でも、そんなことは期待できないと突然気がついた。
 シャーロックは戻ってきた。シャーロックは私からジョンを奪わず、むしろ私たちの結婚を擁護してくれた。でもジョンを失ったシャーロックは不安定になっている。これがマイクロフトにとっても予期しない展開だったなら、マイクロフトは今度は私がマグヌッセンの脅迫から逃れるために、姿を消すことを望んでいるのではないか。自分が工作して私を除いたと見えたら、シャーロックもジョンも当然彼を非難し、彼から離反する。私自身の責任で私が消えてくれるのが一番有り難い。ええ、きっとそう。
 ふたりのためには私は姿を消すべきなのかも知れない。でも、それは嫌。私はメアリ・ワトソンでいたい。だから私は、自分の力でマグヌッセンを排除することにした。でもそこに、シャーロックが現れた。正直に言うわ。あのとき私は、シャーロックを射殺するつもりだったの。彼とマグヌッセンを殺して、シャーロック殺しの罪をマグヌッセンに着せようと。でも私は迷った。あのとき、一瞬の驚きを消して「メアリ」と私の名を呼んだシャーロックの、まっすぐな目に心が揺れたの。だから私の銃弾は、迷いのままに彼を殺せなかった。暗殺者としては失格ね。
 なのにシャーロックはまたしても、私の予想をくつがえした。ジョンに私の正体をばらしておいて、それでも私がしたことの意味を強引に書き換えて「メアリは僕を助けた」と言い張った。いくらなんでも無理よね。ただ時間稼ぎのためなら、あなたに瀕死の重傷を負わせるまでの必要はなかったんだもの。あれはシャーロック、私のためというよりジョンの赤ちゃんを助けて、私たちの結婚を守るためだったんでしょう?

 シャーロック、あなたは不思議。本当に不思議な人。ジョンも普通に見えて普通でない人だけれど、あなたはその上を行くわ。マグヌッセンを殺したことよ。それもマイクロフトと彼の手勢の目の前で。ジョンが以前あなたを助けるために、殺人犯を射殺したとは聞いているけれど、少なくともマグヌッセンは殺人犯ではなかった。人を脅迫して自殺に追い込んでも、それを殺人とは呼ばないものね。自分を殺しかけた私のために、あなたは自分の手を汚した。もちろんそれはジョンのためだったのだけれど。
 あなたが空港から飛び立つとき、私は思っていたわ。あなたはきっともう帰ってこない。マイクロフトのような立場の人間が、殺人を犯した肉親をそのままイギリス国内に放置しておけるはずがないもの。あなたはきっと危険な前線に追いやられて、敵に殺されるか、さもなければ味方から弾が飛んでくる。でも、私はそのことはなにもいわなかった。ジョンが気づいているかいないか、わからなかったけどやっぱり黙っていた。だって、ここで私が正直に思ったことをいってなにになるの? あなたの好意を無にして得るものがなにか? 私は昔よりもっと、悪い女でいようと思ったわ。そうして今度こそあなたが消えても、ジョンとジョンの子供を守ろうと決めたわ。私のあのときの笑顔、身につけた赤いコートはそんな決意のしるしだった。少なくともあなたは気がついてくれていた、そう信じるわ。

 それから、でも、思いがけないことがたくさん起こったわね。シャーロックは戻ってきて、私たちには赤ちゃんが生まれて、育児はやっぱり大変で、そしてシャーロックはやっぱり私に優しかった。ジョンが腹を立ててしまうくらい、私をあなたたちの仲間に入れてくれたわね。結婚式の晩ジョンは「三人では踊れない」といったけど、そしてその夜私が「あれは少し冷たかったんじゃない?」というと、彼はこう答えた。「ヒーローは孤独なものだろ。シャーロックときたら、少しぼくらになつきすぎだよ」笑いながらね。そうなの。彼はそれくらい人の気持ちには鈍感なの。そこのところだけは普通の男なのよ。でも、悪いのは彼より私ね。ダンスパーティの会場を後に、ひとりで去って行くあなたの背中に気がつきながら、なにもいわずに行かせてしまったんだもの。
 あなたが戻ってきてから、そのせりふをひっくり返したみたいに、私たちは三人で事件捜査に楽しく「踊った」わね。そのことでジョンが少しいらいらしているのを、私は当然だけど感じていたわ。自分の存在意義がシャーロックから否定されているみたいな気がして、育児疲れにそれがプラスされたのかしら。でも私がおとなしく、赤ちゃんを抱えて家の中に引っ込んでいなかったことを、誰でもいいけれど、どうか責めないで欲しいの。私も不安だったんですもの。自分が自分でなくなってしまう気がして。変よね。普通の生活が欲しくてメアリ・ワトソンになったはずなのに、その欲しかったものが手に入った途端に、それだけでは足りなくなってしまうなんて。そういう意味で私を非難されたら、甘んじてそれを受けるべきなんでしょうね。

 シャーロック、あなたは私に甘すぎたわ。でもわかってる。それはあなたのジョンに対する愛情の転化なのでしょう。ヘテロのジョンをあなたが抱きしめることはできない。あなたはゲイだとは思わないけれど、性的なものに対する関心は事件に対する興味ほど大きくない人ですもの。だからあなたはジョンへあげられる愛の印として、彼が選んだ配偶者である私を彼と同じくらい大切にして、三人で「踊って」くれた。でもジョンにはそれは通じなかった、たぶん。彼にとってあなたの助手であることは、メアリの夫・ロージィのパパ・有能な医師、その三つと秤にかけても釣り合うくらい大きなもので、私が普通の生活を渇望していながら、シャーロックの捜査に関わりたかったのと同じほど、大切なものだったから、その位置を奪う私を本心では不快に感じていたはずよ。
 あなたの帰還が先だったら、彼はきっとプロポーズはしなかったでしょう。彼が私を愛してくれていたことは疑わないけれど、あなたを赦したときから、彼にとって私はある意味、あなたとの冒険の時間を阻害する邪魔者だった。彼が育児にうんざりし、あなたとの間に私がしゃしゃり出てくること、あなたがそれを許していることを苦々しく感ずる瞬間が幾度かあったとしても、それは人間として仕方ないことだったと思う。あなたが私を好いてくれることも、彼にとっては嬉しいばかりではなかったでしょう。
 そして、とうとう過去が私を追いかけてきた。私は死ぬことになった。そのことに後悔はないの。あれは一種の自殺みたいなものだったと私自身は思っているわ。だからこそ、あんなヴィデオレターも残せたのよ。でもひとつわからないのは、シャーロック、あなたがなぜあのとき、ああも執拗にヴィヴィアンを挑発したのかということよ。自分を撃て、とあなたは繰り返さんばかりだったわね。そうすることで私を守ってくれようとしていた、そういうことかしら。捨て身で、弾除けになろうとでもいうように。多分そうなのだと思う。だって、もしもあなたになにかプランがあって、自分を撃たせるつもりで、私がそれを台無しにしたんだとしたら、こんな間抜けな話はないでしょう。だから、どうかそう思わせておいてね。
 死ぬ前にあなたを撃ったことを改めて謝って、「これで対等ね、おあいこね」っていったけど、ええ、私はそのことをあなたからもジョンからも一度も責められなかったために、かえって自分が大きな負債を負っていることを忘れられなかったけど、だからってそのことばかり考えてずっと気がとがめていたというわけじゃない。ただ、あなたが撃たれると思ったら身体が動いた。エージェイを助けられなかったように、あなたも目の前で死なれたらたまらないと、それだけだったの。あなたはもう、私の仲間だったから。

 でもその後、あなたを責め続けたジョンを赦してあげて。ジョンは、あなたがロンドンに戻ろうといったとき、内心は不賛成だったの。グルジアでのミッションの失敗の原因を突き止められないままで、ロンドンに私が戻ることは本当に正しい選択なのか。シャーロックは自信過剰なんじゃないかって、少しノイローゼになりかけているように繰り返していたの。私もいろいろ心配ではあったけれど、あなたの誠意を信じたい気持ちの方が強くなっていて、「大丈夫よ。それよりあなたたちと離れるのは嫌よ」といったものだったわ。そのときから私、まもなくこんな生活が終わることを予測していた気がする。終わってしまうからせめてその前に、一日でも長くロージィと、ジョンと、そしてあなたとの日々を味わいたかった。
 そして、私は死んだ。
 ジョンは「自分は反対したのにシャーロックがメアリをロンドンに連れ戻した。そのせいでメアリは死んだ。シャーロックが殺したも同然だ」そう思ってあなたを責め続けた。逆恨みだとはわかっていても、他に責めるべき者はいないから。それに彼の、あの浮気のこと。人間って自分に後ろめたいことがあったとき、逆に他人に怒りを向けて自分をごまかすときがあるものよ。卑怯ね、ジョン。でも、自分を卑怯と感じながらそこから抜け出せない状態に陥るのって、最悪ね。彼もあのときは地獄にいたのね。
 浮気のこと自体は、なんとも思わないわ。彼があなたに対して口にしたように、本当にメールのやりとりをしただけだったのか、別に知りたいとも思わないわ。たったそれだけのことを「浮気」という以上、彼には性的な欲求があったということでしょうね。でも彼が私をロンドンに帰したくなかったのは、そうすればあの彼女ともっと会えるだろうと考えたからだなんて、そんなはずはないわよね。
 止めましょう、過ぎてしまったことを邪推するのは。私には彼を責める資格はない。だからあなたもどうか、彼を赦して、シャーロック。そしてあなたたちを残して去って行くしかない、私を赦してちょうだい。
 消えるにしても、もう少しあなたたちが楽な形で消えられたらよかったのに。でも仕方がないわね。自分の死に方なんて、自分で選べない方が当たり前だもの。

 ジョン、そしてシャーロック。あなたたちと会えて楽しかった。
 ロージィがジョンだけでなく、シャーロック、あなたにとっても大切な、愛することのできる、幸せな子供であれますように。
 愛しているわ、永遠に。私のベイカーストリート・ボーイズ。 

2017.05.08

 いよいよ暑くなってきた。というわけで、半袖のTシャツを取り出す。なんかもう、昼間は長袖1枚じゃ暑いもんね。今日の昼はとうとうサンダルに裸足で出かけたもんね。夜になるとさすがに長袖が欲しくなるけど、昼間はもう夏支度じゃないですか。

 ブックオフオンラインで、入荷登録していた本が入荷したというメールが来たので、それじゃついでに他の本も頼んで、などとやっていたら、当の入荷した本はなくなっていました。がーん。すごく切羽詰まって読みたい本というわけではないので、いいんだけどね。それで別の本を送料がただになるだけ、あれこれ検索して買ってしまう。とはいえ高い本ではない。一度読んでおくか、というわけで、ホラーやなんかの文庫をゲット。電車で出かける時にはやはり、文庫が要るのだが、ついつい文庫から先に読んでしまうので、ハードカバーは積ん読でたまるまま、ということがままあるのだった。

 ハヤカワのシャーロック・カフェ、行ってみたいが付き合ってくれる人募集だ。ネットで知り合ったシャーロック友達は、なぜか東京人がひとりもいないのだよ。S4の放映日は7月と決まったけど、まだずいぶん先だし、後は人のブログで情報と映像をあさって、「ああ、ベンのお髭ったら、ストレンジ先生はわりと格好良かったのに、シャーロックはなんでこんなにばっちいの? おまけに、ホームレスのおっさんみたいに、なんでこんなにどす黒いの?」とか、ぶつぶついっている。
 で、自分の情報をもらっている人のサイトで、とにかくメアリへの風当たりが強い。自分もメタの部分で制作者の手際を非難することは人後に落ちない気分はあるものの、描かれていない彼女の内面みたいなものを、もう少し救うことはできないかしらね、とずっと思っていた。まあねえ、BLなんかでも、お邪魔虫的な女性キャラには非難が集中することが多い。自分も昔書いていた伝奇ファンタジー『天使の血脈』の第二作で、主人公を女の子と恋愛させたら(BLではないですよ。美形キャラはいたけど悪役でした)、なんかすごいその女の子を嫌う手紙が来て、ふたりの恋のあたりにも、いやあなことをいわれて驚いたことがありまして、多少それと似た義憤に駆られるような気持ちもあったので。
 というわけで、S4までの展開含みで「メアリ・ワトソンの告白」を書き出したら、あっという間にA4で3枚を突破しまして、書き上げたらブログに貼ろうかと思ってます。仕事しろよ、自分。

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