篠田真由美お仕事日誌

2018.06.22

 今年の本格ミステリ大賞が確定して、前評判が高かった『屍人荘の殺人』が受賞したというのは、別に驚かなかったというのは、この賞は「売れてる」と声の上がった作品が獲る場合が多い。書き手メインの投票といっても、どうしても人気投票的要素が混じるのでしょうな。篠田はこれには票を入れなかった。ゾンビに囲まれた閉鎖空間での連続殺人というのは、読む前から聞いていて「へー」とは思ったのだが、読んでみたら「ゾンビ」以外の要素がいままでさんざん読んできた、大学青春トラブル→殺人以外のなにものでもなくて、おまけに探偵とワトソンが癖のある美少女にMっ気の心優しい青年で、実を言うと今回の大賞候補作5作のうち3作がそのパターンだったから、それだけで「えー」となってしまったのだった。でもまあ、こういうのがいいという人はけっこういるんじゃない、と思ったら案の定だった。

 驚いたのはジャーロ(正確には電子雑誌の刷りだし)に掲載された選評の中で、山口雅也氏が「棄権」といって、その理由を縷々書き記していたその内容だった。短くいえばこの作品は自作の『生ける屍の死』のメインアイディアとかぶるのに、先行作に対する言及も敬意もなく、候補作選定委員もそのことを論じていない、したがって受け入れがたいという抗議である。

 『生ける屍の死』は篠田にとっては、本格ミステリのひとつの輝ける指標であり、小説としてもすばらしく面白く、忘れがたい名作である。なぜか死者がよみがえる世界での連続殺人、生き返ってしまうのに殺人を犯すどんな意味と動機があり得るのか。しかしここで留意する必要があるのは、本作のゾンビはいわゆるゾンビ映画のそれとは設定が異なるということだ。好きじゃないのでまともに見たことはないが、ホラー映画のゾンビは要するに吸血鬼ものの変化球で、ゾンビに噛まれたらゾンビになってしまう、人間だったときの性格も知性も失って、ひたすら人間を襲う化け物と化す。ところが山口作品では、理由はわからないまま生き返った死者は、生前の記憶知識性格を保存し、死者であることを隠すことも可能だが、死体現象は残酷に進行し、早い話が意識があるまま次第に腐敗し、やがて二度と覚めぬ死を迎える。主人公の探偵役グリンもそうして生ける死者となった自分を偽装して、一族の中で起こる連続殺人を解明しようとするが、それは彼が二度目の死を迎えるまでという、タイムリミット・サスペンスでもある。

 葬儀屋で財を成した一族という皮肉な設定、ユーモア、どたばた、死に関する考察、キリスト教、恋、様々の要素が盛り込まれた物語は、ついに「この奇怪な設定でしかあり得ない動機・殺人方法」にたどりつく。そして余韻嫋々たるエンディング。久しく読み返さずともそれは思い出すことが出来、その後長くキャリアを重ねている作家には失礼ながら、山口雅也はこれが最高と思う。別によいしょで書いてるわけじゃないからね。

 『屍人荘』を読んでいるとき、『生ける屍』は思い出さなかった。比べものにならなかったからだ。作品世界とそこで展開されるミステリのために、考え抜かれた「よみがえる死者」とくらべれば、こっちは映画からのいただきものを従来的な青春ミステリにくっつけただけだ。劣化コピーというもおこがましい。でもまあ、ありっちゃありでしょくらい。だから逆に、山口氏が噛みついていることにちょっと驚いた。他人事だからそう思うのだろうけど、あんまり格好良くない。軽く肩をすくめて「あれがいいの? へえ」とでも笑ってる方が似合う気がした。

 それから、選評の中でさらに山口氏が「作者が『生ける屍』を読まずに書いたとも聞いたが、それはさらに問題だ」と書いていることについて。つまり先行作のアイディアを把握して、それを超えるよう努めるのが本格ミステリで、それがなければたとえば『そして誰もいなくなった』を読まずに書かれた同一設定の作が評価されることにもなりかねない、というのだけれど、それ、もうとっくに進行してるでしょう。孤島の連続殺人も、童謡見立ても、バールストン・ギャンビットも、いまじゃ陳腐すぎるアイディアで、それを書いた人がみんな『そして誰も』をきっちり読んでるか。それはないよ。ミステリに限らず、あらゆるジャンルの「教養的蓄積」はすでに空無化している。

 というわけで、かっこいい山口さんがいきなり大久保彦左衛門みたいな、天下のご意見番になってしまったような。それとこういうことは、自作がらみだとどうしても私怨めいて聞こえてしまうのが辛いね。年齢的にご意見番であっていいはずの作家さん、他にも居るんだけどなんにもいってないな。頭にくる気持ちはわかるけど、年寄りの遠吠えみたいに見えちゃう。

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