篠田真由美お仕事日誌

2017.06.04

 今日はこの後出かけるので、出る前に胸にたまったSherlockに対するもやもやを毒吐きしていく。検討の対象は主としてS3ですが、S4のネタバレ回避組は、すみませんが今日のブログは読まないでおいてください。



 優れたチームであることに疑いなかったドラマ制作陣は、残念ながら一番やってはいけないことに突っ込んでしまった感がある。出たとこ勝負とご都合主義である。
 そもそもこのドラマの売りは「奇矯をてらっているようだけど、ネタはほぼ原作にあるんだよ」というところだった。「ノベライズを出す気はない。原典を読めばいい」とも豪語していた。ホームズは原典でホームレスを手足に使い、新聞というメディアを活用するし、コカインを使用するし、捜査のためにメイドをたらすし、レディに礼儀正しいが本音は女性に心を許さないし、ワトソンをこき使いながら彼を必要としている。現代のシャーロックの設定と性格の基本はどこまでも原典に忠実なのだ、と。
 いろいろ問題点の指摘が多いS3E3だが、ジョンとメアリの結婚にシャーロックがベストマンを務めるという、前エピの思い切った展開(自分的にはぎりぎりアリだと思う)の後、「唇がねじれた男」の、ワトソンの阿片窟突入→潜入捜査中のホームズと出くわす、に、「瀕死の探偵」の、犯人を油断させるためにヤク中で廃人か? を繋ぎ、それがさらに「恐喝王ミルヴァートン」のプロットへと繋がっていく、しかもメイド騙しを秘書ジャニーン騙しに転換させて、前エピと繋ぐ、という展開は、正直いって、原典の活用法として見事だと思う。
 ただ、先行していた侵入者、女性、に、ここも原典由来の展開かと一瞬思わせて、一番予想外のキャラ、メアリを持ち出し、さらにシャーロックが彼女に撃たれるという、これまた視聴者の予測の斜め上を行くストーリーには、それはもう息を呑んだ。死の底へ下降していくシャーロック、子供時代の記憶のかけら、そしてモリアーティ、そこからの生還は、シリーズ屈指の名場面といっていいし、メアリの正体が最初から決定されていたことは、伏線のばらまき方からしてまず間違いないところだろう。
 だが制作者は、メアリの退場の仕方については、この時点でどれくらい計画しておいたのだろう。原典では『四つの署名』で登場し、作外でワトソンと結婚し、ホームズの失踪中に病没したと推測されているメアリを、シャーロックの失踪中にその不在を補うように登場させて、シャーロックの成長ぶりを証明する結婚シーンを見せた現代版。彼女のただならぬ過去は、彼女が長くこの物語にとどまらないための布石にも思えるが、すべてが計画されていたものだとしたら、S4の展開が納得できないのだ。
 E1におけるメアリの死、それもシャーロックを撃ったことへの謝罪のしるしとしての自己犠牲死。これがどうにも納得しづらい、興ざめなお芝居になっていることは置くとしても(そもそもシャーロックがなぜあの女を執拗に挑発して自分を撃たせようとしたのか、その説明がない。だから彼に向けて銃弾が発射される必然性がなく、メアリが彼を庇うという展開が必要だったからそうしたようにしか見えない。これをご都合主義という)、E2ではジョンに去られたシャーロックの醜態が延々と続く。
 原典でも、ハドソンさんやワトソンまで騙すホームズの真に迫った仮病ぶりが描かれて、それがカルバートン・スミスとの暗闘を制するための仮病だったというのが原典「瀕死の探偵」の主筋だが、あれは大げさすぎる分読者的にはマジに受けるより「ははん」と思ってニヤニヤする展開ではなかったろうか。しかし現代版ではすでにヤク中偽装で犯人を騙そうとする、というプロットはS3E3で使ってしまっている。だからもう一度それをやるには、もっとひどい状況にするしかないというわけで、ぼろぼろへろへろ、無精髭だらけのみじめで汚いシャーロックが登場した。だが、ここまで「瀕死の探偵」を全面的にやるなら、マグヌッセンとのエピソードに「ヤク中を装って油断させようとするが空振り」なんてのを入れる必要があったのか? 作品数が少ないのは、マンネリを避け精選したプロットを見せてくれるためじゃなかったのか。
 シャーロックにはどうやら、モリアーティ同様の自殺願望が潜在している。S1E1のクライマックスには、それがあると思える。ジョンの存在がそこから彼を引き戻した。ジョンがいたからこそ彼はS2E3のラストで、自殺を選ばなかった。ところがS4E2のジョンとの和解後、彼は「メアリがぼくの命に意味を与えてくれたが、ぼくはそれをどう使えばいいかわからない」というようなことばをジョンに漏らしている。自殺願望は彼の中に常駐していて、メアリの死とジョンの怒りが彼を絶望的な捨て身の行為に走らせた、としか思われない。こうなるとメアリの、「ジョンを救うために、ジョンにあなたを救わせて」という遺言も、好意的には受け取れなくなってくる。
 探偵ものでも、主人公がトラウマ持ちの自殺願望男で、なんていうのはもちろんアリだと思う。ハードボイルドの探偵はたいてい暗い過去を背負い、その傷の記憶にあえぎながら戦う。でも、このドラマはそういうドラマだったのか? シャーロックは若くて青いキャラで、成長によってそこから変化していく。トラウマを抱えているのはジョンの方だ。ところが物語が進むほどに、シャーロックの不気味な過去が現れてきてしまう。メアリはずいぶんと無神経に、その傷をえぐって、シャーロックを文字通り地獄へまっさかさまにさせかねなかった。
 でもたぶん、制作者の意図はそうではないのだろう。メアリは自分の命でシャーロックへの負債を償い、ふたりの未来を祝福して消えたのであり、だからこそ彼女の死を乗り越えてふたりはこれからも生きていく、ああ感動、とまあ、そんなふうに思って欲しいのではあるまいか。だけどね、そういう意図が剥き出しになったドラマを、ご都合主義と私は呼ぶ。

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