篠田真由美お仕事日誌

2019.03.18

 某社の編集者が「お昼をご一緒しましょう」というので、せっかくだから会う場所をお茶の水にして、食後「お茶でも」というのを断って古本屋へ。とはいえあまりたくさん買い込みたくはないので、いつもどおり羊頭/@ワンダー/富士鷹屋と回り、途中探している岩波文庫の絶版を探して、外から岩波が並んでいる本屋には立ち寄って棚をチェックしたが、目的物は見つからず。結局ネットで買うことにする。

 ゲットした本のことは明日書きます。今日は外食が胃にもたれているのでちょっとへばっ。それから、たぶん来年のことになるが、角川でなにか書かせてもらえそう。でもライト文芸、みたいなものになるのかな。自分腹が黒いので、「いい話」系はどうも駄目なんで、我ながら書き出す前から自分で危ぶんでいる始末だが。

2019.03.17

 本格ミステリ大賞の候補作、5作目を読了。しかし自分はどうも最近、ミステリを読んで善し悪しをどうこう言う、というような作業には向かない気がして、早い話があまり面白く感じないのだが、それは作品が悪いのではなく自分の脳の状態というか、好みが変化してきたためではないかと思えてしまう。

 今日読み終えた1作なんか、きっと票を集めて受賞するのではないかなというのは、さわやかな青春ミステリで読み味もよいから、これを押す人が多いんではないかな、と思えたから。ただ「飛び抜けて良い」とまでいう気にはならない。まあなんとなく、きれいに伏線を回収して、破綻なくまとまっているなあ、という感じで。

 だからまあ、たぶん受賞には至らないだろうけど、もう少しいびつ感のある他の作品に投票しよう。

2019.03.16

 春先らしい気温の上下動、雨が勢いよく降っていたと思えば、急に止んで日が出る、また冷たい風が吹く。なかなかに落ち着かない。

 今日はツイッターで、自分の好きな神保町の古本屋さんに行ったことを書いている方が居たので、嬉しくて書き込みしたら、篠田の読者であった。皆川先生など、幻想文学もお好きだとのことで、他にも篠田が神保町に行けば必ず覗く富士鷹屋や@ワンダーにも行かれたとのことで、なんだか嬉しくなってしまう。

 

『虚無への供物』の死語半死語チェックは続行中で、これまで「お侠な鼻声」「浅黄裏」「とっこに」「女だてら」「ほどよいこなし」「始末がつきやしない」「ごろっちゃら」「はんかくさい」「へどもど」を取り上げた。まだ半分も来ていない。しかしこうして物語の筋を追うのではなく、ことばを拾う目で読み直してみると、思わぬ見落としが見つかったりして、いまさらのように発見があるというのも、ツイッターを始めた功徳のひとつであるな。

 

 

庭園美術館並びの自然教育園で見つけたカタクリの花。

2019.03.15

 庭園美術館に「岡上淑子フォトコラージュ 沈黙の奇蹟展」を見に行く。不吉な美、と呼びたいような作品世界。敗戦後の東京で、進駐軍が帰国時に売り払っていった雑誌の写真を切り抜いて構成された画面は、絢爛たる宮殿のインテリアや美しいドレスを着た女体が輝きながら、女性の多くは頭部を欠き、花かと見ればそれは切り取られた手の群れで、気がかりな明け方の夢の中をさまよう感がある。敗戦の焼け跡の上に広がる青い空を、ようやく得られた自由の象徴のように語る文脈は他でも幾度も目にしているが、岡上作品のそれは明るく自由を謳歌しているというよりは、どこか悪夢を抜けてまた新たな悪夢の中に入り込んだような、と感じられてしまうのは、見る者の主観の反映に過ぎないのだろうか。

2019.03.14

 晴れているけど室内は寒い。今日は6月のイベントで出す自主制作本の版下を作るためにパソコンに向かっている。

 

 栗本薫『天狼星』の2と3を読んだので、再び栗本薫について。前にブログで「栗本薫は本質的に健全な昼の作家で耽美の書き手ではない」という意味のことを書いたのだが、それを一部訂正する。非常に広いレンジを持つ栗本薫という作家の中で、「近世日本の伝統芸能」に関する知識と感性というのも、かなり大きな部分を持っていた。そして彼女の中では、その分野と耽美が非常に強く結びついていた。対比的に西欧文化へのセンスは薄かった。『天狼星』1が、悪の美学のようなものを描こうとして失敗し、乱歩の通俗長編ほどのエログロにもたどりつかず、ひどく薄っぺらなものになってしまったのは、そのためだった。

 つまり究極の悪=シリウスを、西欧幻想小説の悪魔に憑かれた人間のようにイメージしながら、その行う悪行が殺人淫楽者をそそのかしてのバラバラ殺人、死体装飾、人肉食という、乱歩紛いを一歩も出ずいまさらなあ、なもので、それ以上がなにもない、オカルト的な知識の上積みもなかったので、この悪役も悪役に狙われる美しい双子も、ぺらぺらの紙人形にしかならなかった。この作品の中で唯一成功しているのは「レスボスの女王」美人モデルの田宮怜だが、それも彼女が恋した双子のひとりに魅力が乏しいので巻き添えになって、馬鹿馬鹿しいキャラになってしまった。

 しかし2で栗本は、その欠陥に気がついたらしい。改めて歌舞伎の名門と天才的美貌の舞い手という登場人物を生み出し、悪の主人公シリウスにも、梨園の血統から阻害された者の復讐という動機を与えた。美貌の踊り手芳沢胡蝶の舞いの表現にはさすがに生色がみなぎっている。『絃の聖域』以来のお得意ジャンルだ。そのために世界は1より遙かに魅力を増したものの、シリウスは恐るべき魔王のような「悪のために悪を行うもの」から、等身大の復讐者にいわば縮小した。3はさらに親子の葛藤や田舎の共同体の中で浮遊する少年の懊悩といった得意ジャンルの要素を加えていったが、作者の目はこのときすでに伊集院大介の上から外れて、彼女好みの病弱な美少年と、彼を護ろうとするやや支配的な保護者の甘美な苦悩を描くことに向けられていたように感ずる。

 この後2冊の『新・天狼星』は3の主人公竜崎晶の物語らしく、これは入間の図書館にあるので後日借りてくる。その後の『真・天狼星』6冊は取り寄せの手続きをしてある。傑作だとは思わないけど、まあ乗りかかった舟だ。天狼星のシリーズ全体については、残る巻を読み終えてからなにか書ければ書こうと思うけれど。

2019.03.13

 今日は格別な予定も無いのでのんびり。冷蔵庫に残っていたホットケーキミックスと、やわらかくなったバナナでカップケーキを作る。残ったものをどう無駄なく食べて消費するか、という発想でなにか作る場合が多い。

 

 基本的に差別語狩りは無意味だしナンセンスだ、という思いはますます強いのだけれど、死語半死語チェックで『虚無への供物』をぱらぱら読み直していて、講談社文庫新装版では作者の死後にもかかわらず直されていることばがあるのだよな、ということをひとつ思い出した。それは「屠る」ということば及び「屠殺場」ということばで、前者は「ほふる」とひらがなで、後者は二度出てくるのだが「殺人現場」と訂正されている。

 このことばが、部落差別を糾弾する解放同盟の標的になり、食肉処理業に携わる人々への差別を助長するからという主旨で使われることがなくなっている、というのは承知している。被差別部落というのは関東ではほとんど存在していなかった分、東京生まれの自分にとってはもっとも認識がとぼしい。また、今現在もこの仕事についている人がそうした特定の土地に生まれ育った人なのかどうか、その事実関係も知らない。ただ、被差別部落との関連を連想させる、動物肉の解体や革加工、染色といった職種に通じることば、またそれを否定的に表現することは、文脈に関係なく校閲ではねられて書き直させられる場合が多い。

 ルネサンスのフィレンツェで、田舎から市内に入ってきた人間が、染色の水を流すので川が汚染されていて臭いと感じたというのを、「ダメ」といわれたときはさすがに啞然としたものだ。ルネサンスのイタリアに被差別部落はない。またこれは田舎と都市の環境の差異についての感覚で、特定の職業を否定、非難、差別したものではまったくない。それでもダメなのである。

 だが「屠殺場」については、少しやばいかな、とは思う。これはもともと、畜獣を殺して食肉化するための場所を指していたことばで、『虚無』でそれは海難事故の大量死亡の場の、残酷さを強調するために使われた比喩表現だからだ。現在その場はきわめて衛生的に、かつ畜獣に無用なストレスを与えないような処理が成されているのであり、それを残酷さ、流血沙汰の比喩として用いることは、その職業への差別感情を助長する。ゆえにすでに存在しない「屠殺場」ということばは使用されるべきではない、という主張には一定の正当性がある。

 ただ、困るのは歴史的使用についてだ。最近では「ドラマに喫煙シーンを入れるな」が、過去を舞台にした作品にまで適用されそうな流れがあるが、「子供がかっこいい喫煙ポーズにそそられるからよくない」という主張にも一定の正当性があるとは云え、なにがなんでもそれを押し通すのは明らかにやり過ぎだ。同様に、切り裂きジャック事件の起きた19世紀末のロンドンイーストエンドで、そこには「屠殺場」があり始終動物の鳴き声や血の臭いが漂い、敷石に血が垂れていたり、血の付いた刃物を持ったり血痕をつけた服を着た人間が行き来していた、という事実がある。こうした状況を語るとき食肉処理場という間の抜けたことばを使わざるを得ないというのは、なかなかにやるせないものなのだ。少なくともその時代の食肉処理の現場は「屠殺場」と呼ぶよりない殺伐としてものだったのだろうし。

2019.03.12

 ツレが3人展をやっている小川町の伝統工芸館に一緒に行って展示を見る。それから歩いて駅へ。途中古民家をカフェや案内所にしているところへ立ち寄ってみるが、週末にならないと開かないみたいでそちらは空振り。

畑、というか休耕地が紫に染まっていて、きれいだから写真を撮った。名前がわからなかったのでツイッターにアップしたら、則返信が。ホトケノザというシソ科の植物だそうです。ただし、春の七草のゴギョウハコベラホトケノザ、あれとは違うので食べられません。

 

ついでに白沈丁花が咲いていたので1枚。

 

本格ミステリ大賞の候補作、4作目を読み終える。実は今回5作のうちの2作の作家が過去の受賞者。自分は、こういう賞はできる限り前の受賞者とは違う人にするべきじゃないかと思うんだけど、あんまりそういうふうには考えない人が多いらしい。もちろん、つまらない作品だという気は全然無いけど、なんか内輪でやったりとったりしてるふうに見えるんじゃないかな、と。

2019.03.11

 東日本大震災の日。記念日反応というほどでもないが、なくとなく気持ちがざわざわして落ち着かない。

 本格ミステリ大賞の候補作、3作目を読了。本格ミステリのロジックを、はらわたの中に尻の穴から手を突っ込んでぐるっとひっくりかえしたような話。我ながら品のないたとえだけど、詳細に触れるわけにはいかないから、そんないい方をするしかなくなってしまう。2作目に読んだ時代劇設定のミステリと比べると、これはもう一般的な小説の範疇には入らない、本格ミステリの中で評価するしかない、一種フリークスみたいな作品で、本ミス大賞に当てるにはこういう作品こそふさわしいんじゃない、ともいえるんだけど、なんかこう我ながら歯に物が挟まったようないい方になってしまうのは、二転三転するロジックが面白いよりわずらわしいような気持ちになってしまったから。要するに、自分の読解力が低下しているせいじゃないの、とは思うんだけどね。

 

 昨日『魔法使いの嫁』への感想を書いて、「嫁」なることばへの引っかかりに軽く触れたところ、そうした感覚を持っているのは自分だけではないというのがわかった。たぶんこのことばに対する反応は、男性女性、未婚既婚、生地生活地、年齢層などで大きく違うだろうと推測する。一種古めかしい手触りはある程度共通して感じても、その古めかしさが「色っぽい」「ときめく」「萌える」と観ずる者もいれば、自分のように「嫁取り」とか、女が家同士の都合で人質や同盟のしるしや跡取り製造器としてやったり取ったりされていた時代を思い出して「うげっ」と感じてしまう者もいる。

 そして、21世紀の現代日本でも、結婚観というのは意外に変わらないというか、地域差があって、仕事を持ってバリバリ働いている女性に向かって「女は結婚しなきゃいけない」「未婚は親不孝」みたいなことを平気で云う人間が当たり前にいる地方は、まだまだ多いんじゃないかと思う。そういう土地ではまさしく、家族ヒエラルキーの最下層に「嫁」がある価値観はまだ消えていないはずだ。そういう構造も、過去には一定の役割があって機能してはいたんだけど、いまは機能は失われているといっていい。つまり大家族、共同体の中で、嫁として受け入れられることで、こき使われるけど反面護られる、教えられる、そういうことで。でもたぶん地方でも、昔の家族が一体となって生産に従事し、子生み子育て介護看取りを行うみたいなのはもう形骸化しているでしょう。ことばのイメージだけが、一種の亡霊として生き延びているのかも知れない。夫に従順で奉仕的で裏切らない、みたいな。

 話がずれまくっているけど、『魔法使いの嫁』は「嫁」に萌えを感ずるだろう人間も読者として呼び込みつつ、作者の価値観はちゃんと違うところへ、自分のよう女性読者も納得の行く地平へ向かっているように思われる。

 しかしツイッター見ていてわかったんだけど、いつの間にか「フェミニスト」ということばが変なニュアンスを帯びてしまっているのに驚いた。驚いたけど、そっちにむかっては読んでも一切レスはつけないことにする。短い文章で誤解なく意志を伝えるのは無理だもん。自分のつぶやきにも、変な絡み方をされたことが一度だけあって、こういう人は女が何か言うこと自体不愉快で、揚げ足を取ろうといつも狙っているんだろうな、と思ったから。不愉快な思いをしたのはこっちが先なんだっていいそう。でも、他人のことまで責任は持てないよ。

2019.03.10

 朝は晴れていたけど午後から曇ってきた。今夜は雨らしいがまた寒くなるんだろうか。

 

 今日はマンガ「魔法使いの嫁」の11巻が出たので、ちょっとそのへんのことなんかを。初め、なにか惹かれるものを感じて立ち読みの後、ぼつぼつ単行本を買いだしたんだけど、そのうち作者の魔法設定がかなり深く細密なものらしいと思い始めて、真剣に取り組むようになった。この前、マンガにおける「天使と悪魔」モチーフのことなんか、ちらっと触れた記憶があるのだが、作者のオリジナリティ以前にある、そうした神話、伝説、神学、伝承といったものを作中に取り込むとき、その理解が浅かったりあまりに恣意的だったりすると、「ええー」と思ってしまうことがある。その当たり、このマンガの作者はかなり深く知識を持って、自分の作品に生かしているな、と感じられた。

 ただ自分が最初「どうしようかな」と思ったのはタイトルに入った「嫁」ということば。それがなにか、女性を所有物、従属物扱いしているようなニュアンスを感じさせることばだな、と思ってしまったのだよ。自分は夫の家の「嫁」だなんて全然思わないけど、夫の両親とか親戚とかから見ると、「よそからもらった嫁」だということになる。それがもうキモチワルクてね。

 ただ「嫁」ということばには確かにインパクトがある。それと、ヒロインを「嫁」と呼ぶエリアスは人外の存在で、「異類婚姻譚」なんて概念が浮かぶと、そこでは普通に「嫁」ということばが使われる。だからま、文化人類学なんかの用語としてそれを考えられないわけでもない。

 それがこの11巻目になって、どこからどうやって生まれたのかわからないまま、「人間をわかるようになりたい」と望む人外の彼に、「一緒にいたい、いるべきだと思った相手」を「女なら妻とかお嫁さんとか呼んでもいいと思うよ」と教えたと、師の魔女がヒロインに語る。ああ、それで彼は「君を僕のお嫁さんにする」っていったんだ、と納得。今後がいよいよ楽しみになった。

2019.03.09

 まだ風は冷たいが昼になると気温は上がってきて、ダウンベストの下で汗。今頃は服が難しい。自分汗かきなので特に。

 

 図書館で数十年ぶりに栗本薫の『天狼星』を借りて読む。そして思った。もしかすると熱烈なファンからブーイングを浴びせられるかもしれないが、思った、感じたのは本当なので書いてしまう。栗本薫という作家は、基本的にとても健全で健康的な、昼の作家だったのではないだろうか。なぜわざわざそんなことを書くかというと、どうも本人はそう思っていなかったようにうかがえるからだ。つまり彼女は、耽美とか退廃とか世紀末とか、そういうものにすごくすごく憧れていた。それと、ボーイズラブということばがまだなかった頃に率先して「女性の女性による女性のための少年愛的創作物」について多く語り、論じ、創作もしてきて、その頃はジャンル名的に「耽美」ということばが使われていたこともあり、ますます自分は「本質的に耽美の書き手である」と信じてきたように思われる。だけど、違うと今回鮮烈に感じてしまったのだ。

 自分は決して彼女を否定したいわけではない。つまらなかったら今頃未読の過去作品を探して読んだり、再読をしたりしやしない。いま読めばいろいろ首をかしげつつも、先見の明もあり筆力もあり魅力的な作品を生んだ作家だったのだなとも感じる。だけれど、彼女は耽美の作家ではなかった。善玉も悪玉も、血の通った等身大の人間が交差するドラマの方が、ずっと面白い作品を書けている。そう感じたのはなぜかというと、この『天狼星』である。

 彼女は謎解きのミステリではなく、乱歩の通俗長編のようなスリルとサスペンスと残虐美に彩られた物語を書こうとした。彼女の生んだ名探偵伊集院大介が、ここでは明智小五郎のようなスーパーヒーローになっている。しかし伊集院大介のキャラは、少なくともその初期、『絃の聖域』『優しい密室』あたりの彼とは全然違っている。彼は人々の心のひだに自分を寄り添わせて、そこからもつれた謎を静かに解きほぐすそんな名探偵だった。だがそれよりも気になるのは、『天狼星』において伊集院と闘う希代の悪役シリウスが、ちっとも魅力的ではないということだ。そして彼の生み出す地獄絵図が、なんとも陳腐でつまらないということだ。

 誘拐された美人モデルが生きたままバラバラにされて、異常な性犯罪者の毒牙にかかり、それを操っているシリウスの正体がファッション界にいる美形デザイナーで、血と薔薇と生首で、別に今読んだからそう思ったわけではない。初読の時から「なんだかなあ」と思わずにはいられなかった。似合ってない服を無理に着てるみたいな感じ。だがそれ以上にとにかく、悪役シリウスが薄っぺらな紙人形にしかなってない。だからつまらなかったんだ、といまになって納得した。

 一応図書館の分室に『真・天狼星』6巻があったので、取り寄せてもらうことにした。これを読んで自分の考えが変わるかどうかはわからない。だが、この後戻ってきた伊集院大介は『仮面舞踏会』から東京での探偵業に復帰し、以前のような心のもつれを解く探偵に回帰する。そのあたりのことを彼女の配偶者今岡清氏は、最終作となった『木蓮荘奇譚』の文庫解説で「シリウスの呪い」と語っている。

 ま、そんなことを考えた。

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